デジタルパワーアンプ TA2020
トライパス社TA2020−020を用いたデジタルパワーアンプを製作してみました。
写真にあるものがそのパワーアンプですが,これについてのメモも兼ねて,
アナログタイプのスペクトルアナライザを用いた測定結果も併せて紹介させていただきます。
このパワーアンプはキットを用いたもので,
丸みのあるケース(6X18X18cm)内に15cm幅のアルミ製シャーシを組み込み,これに回路基板等を取り付けてあります。
完成したパワーアンプのケース上蓋を外して,正面斜め上から内部を見るとこんな感じになっています。
ケース内部には,スイッチング電源やトライパスTA2020−020を使ったアンプ本体が写真にあるような構成で組み込まれています。
使用したスイッチング電源(動作周波数は約60kHz)の出力電圧(電流容量)は12V(3.75A)ですが,
これのDC出力バイパス用ケミコン(1000μF/16V)2個は近いうちに日本製(1500μF/16V)と交換する予定です。
デジタルパワーアンプに給電する手前にもアキシャル型ケミコン(2000μF/16V)とフィルムコンデンサ(10μF/100V)を並列接続してあります。
これにより,無信号時でも1mV以上あったスイッチング電源の高周波リップルは,
0.7mV程度にまで下げることができました。
組み立て直後の状態では,
規格内とはいえ,左右チャンネルの出力DCオフセット電圧が50mVと−62mVも出ておりました。
その所為かどうか,電源投入時のポップノイズも多いような気がします。
そこで現在は,下図の様なオフセット調整回路を入力側に付加しております。
これにより,調整後のオフセット電圧はそれぞれ1mV程度に収まるようになりました。
ですが,電源投入時のポップノイズは相変わらずで,高能率スピーカだと少し耳障りな音がします。
これは,入力段の中点電位が約2.5Vであるためゲイン12倍だと電源電圧が過渡的には不足することから,
カップリングコンデンサ充電の初期段階においてパワーアンプ段が飽和動作する為と考えられます。
そこで試しに,
時定数を考慮して入力コンデンサの容量を1μF程度に減らし,
入力抵抗値を20kΩから39kΩへと増やしてゲインを約6倍に下げたところ,
ポップノイズは殆ど耳につかないレベルにまで減少しました。
こういった作業のついでに,共振音の少なそうな穴開きアルミパネルを加工して,小型の放熱器を作りTA2020−020本体に取り付けておきます。
ところで,この内部構成からもお気づき頂けるかも知れませんが,
ケースとか端子類といった機構部品の方がパワーアンプ本体価格よりも高くなっております。
このようなことは,最近のオーディオ機器においてもよく見られる傾向のようですが,
これは半導体の集積度向上に伴う性能向上/低廉化のためなのかも知れません。
細かな調整も無事終わりましたので,このトライパスTA2020−020デジタルパワーアンプの特性を少し調べてみます。
そこで先ず,負荷抵抗(8Ω)を接続した場合の,周波数100Hz/1kHz/10kHzに関する出力対ひずみ率について,
高周波数成分(80kHz以上)の漏れが観測されたことから80kHzLPFを用い,
THD+Nを実効値で測定してみました。
得られた結果は,
トライパス社の資料にも有る様な特性ではありますが,
高周波漏れの影響を受けて周波数10kHzでのひずみ率がやや多いこと,
同様に低出力レベルではひずみ率の増える傾向にあることが分かります。
いずれにしましても,これらのひずみは大部分が可聴周波数帯域外の成分であることから,
再生音への影響は数値に表れているよりも低いものと考えられます。
トライパスTA2020はPWMに基づくパワーアンプなので,可聴帯域だけでなく高周波数での挙動もおさえておくのが良さそうです。
そこで高周波数帯域の様子をアナログタイプのスペクトルアナライザ「7L5」を使って調べてみました。
パワーアンプの出力電圧(周波数)を1V(1kHz)に,
これに合わせてスペアナの基準レベル(画面最上部の横線)を0dBVに,
感度目盛を10dB/divにセットしておきます。
周波数解像度を1kHzに,周波数スパンは200kHz/divとし中心周波数を1000kHzにしたので,
これより縦8目盛×横10目盛分,
スペクトル強度は0dBVから−80dBVまで,周波数はDC相当から2MHzまでの範囲を観測できます。
最初の写真は,入力信号ゼロでの出力信号の様子です。
これを見ると,820kHz近辺に−26dB(50mV)の高周波漏れが現れています。
これが悪さをして,小出力時のひずみ率が急激に悪化したのかも知れません。
次の写真左寄りにはレベル0dBの微かな輝線として1kHz(1V)のスペクトル成分が,
PWMを起因とする約800kHzを中心としたレベル−35dB(18mV)の高周波漏れが表示されています。
そしてパワーアンプ出力部のLPFが効いて少し低めになっていますが,
70kHzから140kHz近辺にかけては−57dB(1.4mV)近い高周波漏れも出ているようです。
それでもこの程度であれば,規定通りの動作をしていることになりますし,
スペクトル成分100kHzまでを
入力信号ゼロおよび
出力信号1Vについて調べても−60dB以下だったことから,
先ずは一安心して使えそうです。
念のため,DC電源のスペクトルも調べて見ることにします。
最初がTA2020パワーアンプの入力信号をゼロにした時のもの,
次に示すのはパワーアンプ(片チャンネル分8Ω負荷)の出力を1Vにした場合のスイッチング電源出力に含まれる高周波スペクトルで,
表示は1Vを0dBとしており一番上の横線がこれに対応しております。
これによると,
無信号時には約340kHzで−62dB(0.8mV)以下のやや弱い輝線成分と1.7MHz近辺に−60dB(1mV)のやや弱い成分が現れています。
これに対して
,出力1V時には800kHz周辺に−55dB(1.8mV)以下の成分が加わり,
−62dB以下ですが1.7MHz近辺の成分が広がって分布しています。
それでもこの程度であれば,電源に現れる高周波成分としては問題無いレベルと考えて良さそうです。
細かな点検も済みましたので,このトライパスTA2020デジタルパワーアンプを通して色んなLPレコードを聴いてみました。
さてその出てきた音の満足度ですが,細かいことを言わなければ,かなり高いレベルにあるように思えました。
それでも,
個別に部品を選んだりトランスを巻き直して組み立てた自作DCアンプとは少し違う,
強いて言えば多少圧迫感のある乾いた様な感じの音がします。
ですので,部品交換等,
もう少し細かな手入れをすることになるかも知れません。
しかし,この寸法と重量のことを考えると,
直ぐには信じられない様な鳴り方でもあります。
無信号時の消費電力は4.0Wでしたが,
動作時の電源利用効率はかなり高そうなことからも,
アナログ信号処理用集積回路の性能向上を実感した次第です。
これらのことから考えると,
聞き比べをするべく製作し,
現在調整中の電力増幅用アナログIC(LM3886TF)を用いた小型パワーアンプの方にも多少の期待が持てそうです。
アナログパワーアンプ LM3886TF
このアナログパワーアンプは,
最大出力をトライパスTA2020−020デジタルパワーアンプの約2倍に抑えてはみたのですが,
トロイダル型とはいえ商用電源周波数のトランス(1次側115VX2,2次側15V4AX2)を使っている分,
見かけよりも重くなっています。
しかし外見は,
デジタルパワーアンプとほぼ同じ寸法(17.5X18X6cm)にし,
同じく15cm幅のアルミ製シャーシを内部に組み込んでそれに電源周りの部品を取り付ける様にしてみました。
そしてゲインは約11倍にしてあります。
これは,同じ様なシステムでデジタルパワーアンプとアナログパワーアンプの比較をする際,
同じ程度の大きさにしておいた方が入れ替えは簡単になるだろうと考えたからでもあります。
なお,電源投入時のポップ・ノイズのレベルは耳に付かない程度であったことからも,
CR時定数によるミューティング機能を使うのは止めて抵抗のみをミューティング端子に配線してあります。
また嵩張らないよう,
パワーアンプ端子へ直接に配線してから熱収縮チューブを被せるといった短絡防止処理をし,
アンプ部にはプリント基板を使わないようにしてあります。
ケース内に鎮座している一番大きな部品は電源トランスになっており,
次に広い場所を占めているのが整流用ダイオード・ブリッジと平滑用コンデンサといった調子なので,
電源の隙間をナショナルセミコンダクタ製パワーアンプLM3886TFが間借りしているような感じの構成になってしまいました。
ところで,電源トランスをトロイダル型にしたことから,
何かの拍子に巻き線に過渡的な直流が流れることが無い様にと考えて,
巻き線毎に整流回路を設けるようにしてみました。
これに対して,平滑用コンデンサは小さ目のラジアル型(470μF/25V)10個を基板表側に並べ,
基板裏側にアキシャル型(1000μF/25V)のものを2個配置してまとめケース内に収める様にしたことから,
正負電源平滑回路それぞれの容量は約3500μFとなっております。
この平滑用コンデンサの容量をやや少な目にしたためもあってか,
電源投入時の突入電流が目立つ様なことも無く,
トランスの寸法からすると随分と動作音の静かな電源に仕上がりました。
一方,パワーIC(LM3886TF)の方は金具で鋏む様にして放熱器に取り付けてあります。
この取り付け金具には端子を5本立ててあり,
中程の3本を正負電源用に割り当て,
両端の2本は負帰還回路にコンデンサを挿入することなどがあればその際に使おうと残しております。
しかし,
オフセット電圧が数ミリボルト程度に収まっていることからも,普通に使う分には当分このままでも良さそうです。
と言いますのも出て来た音の方は,
少し地味でやや面白さには欠けているものの,
何とか聞き続けることのできるレベルには達しているからでもあります。
それでも,現時点での増幅度は11倍と低めに設定しておりますし,
オフセット電圧が1ミリボルト程度となる様に調整回路を付け足すこと,
そして負帰還回路か入力回路にコンデンサを入れて音色の差を確認しておくなどの細かな調整箇所は残しております。
ですので,これらの調整作業の合間に簡単な測定・動作確認を済ませることになるものと思います。
ところで無信号時の消費電力を調べてみたところ,
電源側の損失が少ない分こちらもピッタリ4.0Wに収まったことから,
省エネに関しては電源側の損失が多いデジタルアンプTA2020と良い勝負になったようです。
しかし,このアナログパワーアンプだと出力電圧にほぼ比例して消費電力が増加するのに対して,
デジタルパワーアンプだと出力電力に比例する程度で済みそうなことから,
電源の利用効率が高い分デジタルアンプの方が省エネかもとか,
小音量で使う分には差は出ないだろうなとか,
部品点数による比較だとアナログアンプが少なくて済むことからも省エネかつ長寿命かなといったことを考えてみたりしているところです。
デジタルパワーアンプと併せてアナログパワーアンプを一台組立て簡単な比較をしてみました。
取り敢えず,出力段がバイポーラトランジスタのLM3886TFを使った,小型アナログパワーアンプを組み上げましたが,
一方,デジタルアンプTA2020の出力段にはユニポーラトランジスタが使われています。
トランジスタとしての動作には,バイポーラトランジスタが少数キャリア,一方,ユニポーラトランジスタは多数キャリアによるといった違いがあります。
そこでさらにもう一台,
出力段がユニポーラトランジスタのTDA7294を使い,
同じ様な構成のアナログパワーアンプを組立て,
まとめて音の違いを比較するのも面白いかも知れません。
アナログパワーアンプ TDA7294
STマイクロエレクトロニクス製TDA7294を使ったパワーアンプですが,
LM3886TFと良く似た外見のICであることから,
ゲインも含め同じ構成にして製作に取りかかりました。
写真は,ケース加工を済ませたばかりのTDA7294パワーアンプ内部の様子です。
IC本体の金属タブが絶縁されていないことから,
雲母板や絶縁ワッシャを用いて放熱器に取り付けてあります。
このTDA7294を使ったパワーアンプですが,電圧増幅段と電力増幅段の電源供給端子が別になっていることもあり,
LM3886TFと比較し配線の量が少し増えております。
さらに加えて,ブートストラップ回路用のコンデンサを必要としたことから,
用意した中継端子7個全てを使い切ることとなりました。
オフセット調整はまだやっておりませんが,入力バイアス電流が0.3μA程度だったことから,
使用状態でのオフセット電圧は数mVと低い値に収まっております。
一方,LM3886TFよりも扱える電力が多いパワーアンプICのためか,
無信号時の消費電力も全体で約8.0Wとやや多くなっていました。
しかし出てきた音の印象は,強いて言えば,これが自作パワーアンプに一番近い様に感じられました。
ブートストラップ回路用コンデンサには,
長らく部品棚の飾りになっていたソリッドタンタルコンデンサを使ったのですが,
動作電圧が少し高かったことから,
通電後,最初の数分間はこのコンデンサの漏洩電流が減少していく過程で生じるノイズを聞き取ることが出来ました。
それでも暫くすると,タンタル酸化膜が安定してきたのか主なノイズ源は電源の高調波だけになり,
残留ノイズ・レベルはコンマ数mV程度にまで収まりました。
ですがわざわざ耐久テストをすることもないので,もう少し耐圧の高いコンデンサに交換予定でおります。
パワーアンプの出力インピーダンス
まとめとして,上記パワーアンプ出力インピーダンスの周波数特性を測ってみました。
このインピーダンス測定は,各パワーアンプへの入力信号をゼロにした状態で,
周波数範囲10Hzから100kHzの交流電流10mAをパワーアンプ出力端子に流し込み,
この端子に発生した交流電圧を測定し抵抗に換算して得たものです。
その結果,TA2020−20デジタルパワーアンプ,
LM3886TFアナログパワーアンプおよびTDA7294アナログパワーアンプの出力インピーダンス値は,
パワーアンプ出力端子にてそれぞれ0.63オーム,17ミリオームおよび29ミリオームとなっていました。
この結果だけからでは,高域特性に山が現れていて値も大きいことからも,
デジタルパワーアンプが少し見劣りしているような印象を受けそうです。
しかし,高域においてはスピーカのインピーダンスも上昇傾向にあることを考えると,
実用上の影響はそれ程でもないような気もします。
ですがこの出力抵抗の大きいことは,これがアナログパワーアンプとは印象の異なる,
開放的で明るい感じの鳴り方をしている理由のひとつでもある様な気がしてきます。
ところで,
LM3886TFおよびTDA7294アナログパワーアンプに関する出力インピーダンス特性の差は,
ICの増幅率や内部中継端子の使い方および配線経路が異なるためであり,
実用上の差は殆ど無いと言えるでしょう。
一方,
TA2020−20デジタルパワーアンプの出力インピーダンス値が際だって大きいのは少し気になるところで,
インピーダンスが出力に依存している可能性も考えられます。
そこで今度は発信器を2台用意し,
低ひずみ率の発信器からはある周波数(例えば50Hz)の信号電圧をパワーアンプ入力端子に加え,
もう1台からはこれとは異なる周波数(例えば1kHz)の電流(例えば100mA)を出力端子に加え,
パワーアンプ出力端子電圧(例えば0.5V〜5V)に含まれるふたつの周波数成分をひずみ率計で分離測定することにより,
パワーアンプ動作時のインピーダンス測定をしてみました。
その結果,出力インピーダンス値は出力レベル値によらずほぼ一定(0.63オーム)であることが分かりました。
念のためパワーアンプ負荷時(8オーム)のインピーダンスも測定したところ,
無負荷時と比較しこちらの場合には少し低下(0.42オーム)していました。
測定周波数における出力コイルのインピーダンスは百数十ミリオームにしかならないことから,
大部分はアンプ出力段に由来することになります。
このことは,電圧に関し負帰還をかけて出力インピーダンスも低く見せる事の出来るアナログアンプとはかなり違っていて,
時間軸の高精度コントロール(デジタル領域において16ビット精度を確保するにはアナログ領域というかクロックに関し約10桁の精度が必要・・・時間軸の揺らぎを抑えるのはかなりの大仕事)が出来たとしても,
定格出力近辺でないと低ひずみ率にはなり難いデジタルパワーアンプの限界なのかも知れません。